やなせたかし先生への追悼
2013.10.20
こんにちは、アカネです。
伊豆大島で未曾有の大災害を引き起こした台風26号・・・。現在も懸命の救出活動が続いています。一人でも多くの方の生還と、被害にあわれた方の一日でも早い復興を願っています。
10月はもう一つ悲しいニュースがありました。
10月13日、日本人すべてに夢と勇気を与えてくれた、偉人・やなせたかしさんが亡くなられました。
やなせたかしさんは言うまでもなくアンパンマンの作者です。日本の保育業界や障害児教育業界では、アンパンマンのキャラクター無しでは保育や指導ができない、といわれるほど、アンパンマンは子供たちに親しまれてきました。
アンパンマンが子供たちに夢や愛や勇気を与えてくれたように、やなせたかしさんは日本中の大人たちにもそれを与えてくれました。やなせたかしさんは、多くの自治体のキャラクターを手掛けてくださり、そのキャラクターが地域おこしや観光などを盛り上げてきました。
それだけではなく、人KENまもる君・人KENあゆみちゃん(法務省人権擁護局の人権イメージキャラクター)や、きずなちゃん(日本さい帯血バンクネットワークシンボルキャラクター)など、私たちのよりよい暮らしのためにも、さまざまなキャラクターを作ってくださっていました。
とりわけ、高知県はもっともやなせたかしさんのご好意にあずかっていた自治体でした。
ストローファームのある安芸市では、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が通っており、その各駅にやなせさんが手がけてくださったキャラクターたちがいます。また、安芸市ご当地グルメ・釜あげちりめん丼を盛り立てていくために、「ちりめんどんちゃん」というキャラクターも作っていただきました。
「せっかく巨匠に創っていただいたキャラクター、最大限に活かさなければもったいない!」ということで、有志が集まり、ごめんなはり線のキャラクターたちはショーもこなすようになりました。このショーはいつも好評で、やなせたかしさんご本人の後ろで踊ったこともあるほど、さまざまなイベントに登場しています。
(ストローファームでも、ごめんなはり線キャラクターのグッズを下請けで作ったことがあります。)
アンパンマンの、おなかが減った子供たちに自分の顔を食べさせる、という奇抜な発想は、やなせたかしさんの戦争体験に基づいています。戦地や、戦後の日本で徹底的に飢えた記憶と、平和への願いがアンパンマンを生みだしたのです。
1975年、アンパンマンの絵本が登場したとき、あとがきに書かれたやなせたかしさんの言葉を、ぜひ読んでください。。。。
「子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。」
やなせたかしさんは、まさにアンパンマンのように、困っている大人たちを助け、見返りを求めず、にこにことしていらっしゃいました。
94歳で亡くなるまでずっと、作詞やエッセイや本の出版など、多岐に渡ってご活躍なさっていました。多くの人たちから愛され、必要とされてきました。
アンパンマンも、手のひらを太陽にの歌も、きっと永遠に残るでしょう。
日本中に夢と希望と、愛と勇気を与えてくださったやなせたかしさんに、心から感謝を捧げます。


