鶏飼育記~トマと人間の攻防
2014.5.19
アカネです。
前回の鶏飼育記「雄鶏、食べたい」から随分時間が空いてしまいました。誰も気にしてる人なんておらんろ~のほほ~んって感じでした。でも職場のブログで勝手に連載を始めたんですから、一応続きを書かなければいけませんよねってことで、続きです。
(サンプル画像)
前回、鶏を殺戮する恐ろしい生き物、“とま”のことを書きました。鶏の天敵の中には、一晩で鶏舎を全滅させるほどの凶暴な野生動物がいるのです。高知では、このような殺し方をする害獣を“とま”とか“とまこ”と呼んで恐れているのです。
雄鶏がとまに襲われ、私たちで息の根も絶え絶えの雄鶏を絞めて美味しくいただいたわけですが、実はどこからとまが入ったかわかりませんでした。鶏小屋の扉はすのこに金網を張ったもので、扉の一番下の木と木の隙間かなぁと思いました。けれどその隙間も、細い蛇が入れるかどうかの大きさですし、地面を掘った形跡もないので、ピンとは来ませんでした。私たちは扉の下に、大きさがぴったりの柱ほどの太さの角材と、ブロックを置いて、眠りにつきました。
その晩、つまりとまの襲来の次の晩ですが、0時過ぎに再びけたたましい鶏の悲鳴が!
とっさに飛び起きて鶏小屋に駆けつけるも、何も居ない。小屋の外を歩いていた猫か何かに後藤さん(あ、雌鳥の名前です。後藤もみじという種類なんで。)が驚いたのか?
再び寝に入るも、今度は2時ごろ三度(みたび)悲鳴が。それには夫が気づき行ってみるも、やはり何もいない。
その朝後藤さんの無事な姿を認めてホッとするも、巣箱に三つあった卵が消えていました。一つは騒ぎの中割れてしまったようで、巣箱に殻がありました。やはり何者かが入ったのは間違いないのです。けれど、どこからか解らないのです。
後藤さんは卵を産むために改良されまくった種類で、毎日一つ卵を産みます。雄鶏の精子が後藤さんの中で一週間は生きているので、どうにか温めてもらわなければなりません。だから私たちは卵をとらないで、巣箱に残していたのです。
しかし、その日から、日中は確認した卵が次の朝には消えているという、奇妙なことがおこり始めました。「ストレスで後藤さんが食べてるんじゃないの。そういう鶏もおるって聞いたで。」と夫が言いますが、私は違うと断言しました。殻がないからです。後藤さんが止まり木で寝ている間に、音もなく忍び込んでいる卵泥棒がいるのです。
気になった私は、もう一度鶏小屋を確認してみました。
すると、北側の壁際の金網が、内側に曲がっていることに気づきました。まるで外側から曲げたように。試しに引っ張ってみますと、金網はガバとたわみ、大きな隙間ができたではないですか!!
「ここだったんだ!!」
見た目は異常が無さそうだったので全然気づかなかったのです。そしてもう一箇所、金網がたわむところを発見したので、ストローファームには遅刻の連絡を入れて、余っていた木を当てて修理しました。きちんと作ってあると思っていた鶏小屋は、藁の家同様でした。私たちは、ものすごく危険な環境で鶏を飼育していたのです。しかもそれに気づいたのは、雄鶏が犠牲になった後でした。
鶏舎を修繕しても、不安はつきません。
とまは餓えていて、目の前にご馳走がある。あと少しで手が届きそう。やつらは根性があり、夜中試行錯誤する時間が与えられています。どんな裏をかいてくるんだろう。
何よりも驚いたことが、虐殺の限りを尽くすと思っていたとまが、こんなやり方で害を与えてきたことです。とまは鶏を襲うよりも、巣箱の卵を狙ったほうが安全で確実だと考えたのでしょう。
次の日、いつもの場所から入れないと知ったとまは、扉の下の角材を置いてある土を掘って、卵を盗み出していました。私はその夕方、大きな板を角材の横に敷いて、土を掘れないようにしました。
次の日、とまはその板を動かして、穴を掘っていました。
明らかに私よりもとまの方が、生き物としての格が上でした。私は絶望感と無力感でいっぱいになりました。
そして、私の半ギレで嘆く姿に苛立った夫が、セメント工場からテストブロックと言われる円柱形のブロックをもらってきて、レンガやテストブロックや石など、扉の下に深く埋めてくれました。50センチ以上掘り、水道管が出てきてもうこれ以上掘れないというところで、レンガやブロックを埋め、深くて分厚い、強固な壁を扉の下に築いたのです。
まさに鉄壁の護り!
難攻不落!!
とまよ、破れるものならこの護り破って見せよ!!!
ア~ッハッハッハッハ!!!!
私はリアルに高笑いしました。
次の日。
とまは、掘っていました。
けれど、卵は無事でした。とまは途中で諦めていたのです!
こうして、後藤さんはやっと安心して暮らせるようになりました。とまは何日か悔しがって鶏小屋の周りを掘ったりしていましたが、すでに鶏小屋の周りはしっかりガードしてあったので、ついに諦めました。
きっととまも、身重か子育ての真っ最中で、何が何でも栄養のあるものを手に入れたかったんでしょうね。
雄鶏が死んでからすでに10日、巣箱にある卵は4つ。受精卵かどうかは非常に怪しい。後藤さんは温める気配すらありません。
人の手で、奇跡を起こせるのでしょうか。
(しつこく続く。)
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
ママはおりこう
2014.5.13
「ママ、おりこうねー」
数日前、一緒に車に乗っていた3歳の息子から急に誉められた。
私はいつものように歌を歌いながら運転していただけ。
「なんでおりこうなが?」
息子にそう聞くと
「ママは車で走りゆう。おりこうね」
どうやら私が車を走らせている事が、息子にとっては誉め材料だったみたい。
普段、滅多に褒められることは無いから私は嬉しくなってニヤニヤした。
そして娘から急に手紙をもらった。
感謝状と書かれた手紙。
中には「私はママの行動に感謝しています。」
真面目すぎる文に思わず笑ってしまった。
私がありがとうと言うと満面の笑みで「ウフフーん」と娘は言った。
そうか...!
母の日が近い事に気がついた。
4人の子を育てているものの、今だに自分が『母親』と言われることに心がくすぐったい感じがする。
それよりも、何気ない日常の出来事から感謝をしてくれたことと、それを言葉に表し褒める事が出来る子ども達に凄さを感じた。
私は母親の生前にろくに感謝をすることが出来なかったので、母の日は後悔で心が苦しくなる。
「ありがとう」
たった5文字。
でも1番身近な家族に改まって言うとなると凄く大きくて重たい5文字。
そんな感謝の気持ちを年に一度表す機会をくれる母の日はありがたい日なんじゃないかと思う。
口うるさくてイライラさせられたり、いつまでも子ども扱いをしてきたり、色々あるんだろうけども、でもやっぱり1番近い存在だからこその贅沢な感情なのだろう。
母の日、私は家族からとても有意義な時間をいただいた。
高知の本山町、景色も最高な素敵なカフェで行われた絵本セラピーに参加させてもらうことが出来た。
大人目線で見て聞く絵本。
考えさせられる事が沢山あり、その中でちょっと違う自分を発見出来たり。
深いな...と感じる時間。
帰宅すると友人宅から帰った長男が「いつもありがとう」と1枚のチョコを差し出した。
嬉しくて外にいるのも忘れ叫んでしまった。
主人と子ども達からもらったピンクのカーネーションは、ものすごい存在感で私の心を鷲掴みにした。
今日だけは自分は「おりこう」だと思ってもいいかな、と夜ニヤニヤした。
暖かな日差しに恵まれた母の日。
あなたはどんな1日を過ごしましたか?
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
新しい環境
2014.5.8
新年度が始まり早くも一ヶ月が経過しました。皆さんの周りでも新しい風が吹いていますか?
ピカピカのランドセルに黄色いカバーを付けた新一年生。なんだか緊張しているように見えた顔もすっかり小学生の顔になり、たった数週間のうちに頼もしく感じる程に。
我が家の子ども達も進級し、それぞれが新しい環境の中で頑張っています。
子ども達が成長し年齢が上がるにつれ頑張らなきゃならない壁も増え、その壁は高くなりますね。
小さい頃は「ママー!」とこちらに手を出し助けを求めて来ることが当たり前だったのに、今では黙って自分で乗り越えようとする事も多くなってきたので歯痒く感じることもあります。
困ったらいつでも頼って来い!とドーンとかまえてりゃいいのかもしれないのですがついつい口が。
私もまた成長しなきゃいけないと思うばかりです。
新しい環境と言えば...
ストローファームにも、この春から新しい仲間が増えました!
皆に溶け込むのも早く、いつも笑いながら話してくれるMちゃん。
糸鋸の練習中のMちゃんはとても姿勢が良く落ち着いているので、私も見習わなければと反省するほどです。
Mちゃんが仲間入りしてから数日経った日、ニコニコしながらヨーコさんから
「トモ先生、作り方を教えてあげてください」とのお願いが。
私は頭の中でちょっとパニック。
人に何かしら教えるということはとてつもなく大事な事。私の一言でどうにでも転んでしまう。
普段、子どもの宿題を教える事ですら苦戦する私が、どのくらいお役に立てるというのか。
そんな事をグルグル考えながら始まったオモチャ作り。
「ここはグイーっと。」
「ほんで、すいーっと。」
まるで読売ジャイアンツ終身名誉監督の長嶋さん。
擬音語連発する私に
「え!?」
となるMちゃん。
それはそうでしょう。
教えるのは口では説明出来ないことばかり。
二年前、私がヨーコさんや先輩スタッフさんから教えてもらった時も、全く同じやり取りをした記憶があります。
ある時にはニコニコしながら右手に加工前、左手に加工後のオモチャを持ち、「これ(右)を、こうする(左)」との説明も。
とにかく見て覚え、回数を重ねていくしかないのです。
「やってみますか(^^)」
と私が言うと、不安な表情をしながらサンダーの前に座ったMちゃん。
こちらにも緊張が伝わって、私もドキドキ。
しかしそんな様子とは裏腹に、段階を踏みながらしっかり出来上がって行くオモチャたち。
これから少しずつMちゃんの一所懸命の心がこもったオモチャが、全国の子どもさんたちの手に届いて行くことでしょう。
私はまた長嶋さんのようになり、そして時には星飛雄馬のお姉ちゃんのように、影からこっそりMちゃんを応援していきます。
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中川政七商店、来(きた)る。
2014.5.2
アカネです。
オバマ米大統領が来日し、警備態勢や政治上の駆け引きなどが連日報道される頃、ストローファームにも超VIPな来客がありました。
でも、このことを書く前に、去年の九月に遡って話を始めましょう。
9月9日に、あるビデオを観ての座学がありました。こういった学習会は私がストローファームに入ってから初めての試みです。この日は“(株)中川政七商店”についてのお勉強でした。
みなさん、この会社をご存知ですか?
中川政七商店が誕生したのは今からなんと300年前!「奈良晒(ならさらし)」という麻織物が最初でした。以来、明治維新、産業革命、戦争・戦後、高度経済成長、不況など激動の時代をくぐり抜けながら伝統の手紡ぎ・手織りを守り続けました。
現在13代目の中川淳社長のもと、麻を使った日用雑貨の販売に力を入れ、「遊中川」「粋更」「中川政七商店」「2&9」「motta」「日本市」というブランドを立ち上げ、これが大成功。
またそれだけではなく、中川社長は、現在衰退の危機にある日本の伝統工芸の元気を取り戻すため、ブランド化・販売・経営戦略などの助言をすべく、さまざまな工房をとび回っていらっしゃいます。
ビデオの中で印象的だったのは、「日本の伝統技術が外国と比べて、特に優れているとかすばらしいということはない。いいものを作れば客は買ってくれる、ではない。」という中川社長の言葉でした。
お客さんは、商品そのものではなく、その商品にまつわるいろいろなサービスを買っていらっしゃいます。例えば、店舗の雰囲気、店員の態度、評判、作り手の思いなどです。つまりその商品のイメージにお金を払っているということです。
でも、大部分の伝統工芸を作る工房は、自分の販売店舗を持っていません。どこかへ卸して、よその店で売ってもらう。すると安さで勝負ということになりやすく、作り手とお客さんとの間にほとんど情報交換がありません。
中川社長は、“ブランド化=その会社のオリジナルのイメージを生み出す”ということを提案され、日本で一番のコンサルタントであることで有名なのです。
さてさて、長々と書いてまいりました。
実は、今年度から、わがストローファームも中川社長のコンサルティングを受けることになったのです!!
とは言え、ストローファームが瀕死の状態だからではありませんよ^皿^
「地域で一番星が輝けば、二番星、三番星も輝き始める。そして地域が元気になる!」という中川社長の考えで、ストローファームが一番星候補に認めてもらえたのです!!
すでに、ストローファームでは、地元安芸市のデザイナーさんや、建具屋・大工さんとも仕事をしていますし、高知県産材を使っておもちゃを作っているだけではなく、ラッピング用紙には土佐和紙を使うなど、できるだけ地域をひっくるめて歩んでまいりました。
そして、オバマ大統領と入れ替わりに(?)、中川社長とデザイナーさんやバイヤーさんたちがやって来てくれました。(ストローファームにとってはオバマ大統領、以上の存在。)
やり手の大物なので、厳しい雰囲気の方かと勝手に想像していましたが、みなさんとっても温和でにこやか。気さくな雰囲気で私たちの緊張も緩ませてくださいました^^
今後は、新しい商品を生み出したり、木工以外の分野でも何か展開ができないか、模索していくとの事。
ストローファームを愛してくださっている皆様、ぜひストローファームの発展を見守ってくださいね!!当ブログでも報告できると思います。
お楽しみに!!*^^*
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
稲のように
2014.4.30
アカネです。
高知では早々と田植えが終わり、幼い苗が元気いっぱいに育ち始めたところです。ストローファームの南と北側の田んぼでも、稲苗が頼りなげに風に吹かれています。
高知県では、田植えはこの頃では早生(わせ)植えが一般的。三月半ば~四月上旬に植えて、八月の暑い盛りに収穫です。早くに植えると、害虫が少ない時期に稲が大きくなる、台風の前に収穫できるなどのメリットが。
反面、苗を作るには温室が必要で、農家の自家採種には不向きです。また、今まで中手(初夏~秋)に合わせて繁栄してきた田んぼの生き物たちも、産卵や成長時期が田んぼのサイクルと合わず、減っていってしまっています。
これから研磨作業のときに目の前の稲を見て、「もうこんなに大きくなったね!」という会話が交わされるのでしょう。
写真は、代掻き中のものです。春になると、野花が咲き乱れていた田んぼに水が引かれ、広大な湿地帯が出現します。そこに植えられた苗は、最初は水面に張り付いてなんともひ弱ですが、すぐに活着してぴんと葉先を伸ばします。そしてしばらくすると、田んぼには水面が見えないほどの稲葉が波打つことになるのです。
ところで、“ストローファーム”。
直訳すると「わら農場」。
ストローファームの名前も、もちろん稲から来ています。社長が故・福岡正信氏著『わら一本の革命』に心を打たれ、一念発起して高知にやってきたので、その想いが名前の由来になっています。
ちなみに以前社長にお借りして読んでみましたが、難しくて挫折しましたorz
ですので、ストローファームの最初の頃のロゴマークには稲穂の絵が入っていました。
おふろでちゃぷちゃぷには今でも昔のロゴの焼印を押しています。
それから、こんなところにも昔のロゴの面影が*^-^*
ストローファームの玄関です。
今回は田植えの風景を見て、ストローファームの名前の由来に注目してみました。
さあ、全ての子供達が、稲のようにすくすくと、太く大きくそだちますように!
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
物作りはアツい!~其の弐
2014.4.29
アカネです。
はい、トモさんの前回の記事のタイトルをぱくりました。
トモさんがドラマ『LEADERS』の国産車造りに燃える男たちを観てアツい想いを記事にしたためていた頃、私もアツくなっていたドラマがありました。
現在NHKでシーズン6を放送中の、『タイムスクープハンター』です!
未来のジャーナリスト沢島が過去へワープし、歴史には残らない市井の人々の暮らしぶりをリポートする内容です。ある時は室町時代へ、またある時は大正時代へと時空を超え、関所を越えて旅行する女性たちや、罪人を運ぶ駕籠かき、贋金を取り締まる役人などに密着し、彼らの生き方、つまり私たちの先祖たちがどうやって生きぬいていったかを伝えてくれます。
タイムスクープハンターではいろんな人を取り上げるので、当然物作りをしている人々もたくさん出てきます。江戸時代の瓦版屋、紙漉き職人、カステラ職人、かつら作り・・・。前々回の“大江戸入れ歯事情”では、入れ歯を作る彫り師が主人公でした。
昔からヨーロッパなどの先進国にも入れ歯はありましたが、装飾用で物を食べるのには向かなかったようです。けれど、日本では進んだ職人技術があったので、咀嚼もできる入れ歯があったのだとか。
職人たちは蜜蝋で客の歯茎の型をとって、それに合わせて木を削っていきます。紅で当たりをつけて最終調整…。現在の歯科技工士と同じやり方だそうです!
また、歯になる象牙を取り付けるため、紐を絡めて回転させる道具(ろくろ)で穴を開けていました。
今では削るのもサンダーやトリマーなどで手早くできますし、穴を開けるのだってドリルでOK。でも江戸時代は全て手作業でやっていたんですよね。一人前になるために何年も修行し、自分の腕一つで身を立てていかなければならない、それが職人という仕事。
そして、そんな職人たちがプライドを持って仕事をしていたからこそ、日本の物づくりの今があるんですよね。
ストローファームでも木で商品を作っています。一つ一つ手作りではありますが、機械の力もフルに使って、きれいな商品をたくさん作れるように工夫を重ねています。自分では、そんなに技術もないし難しいことはしていないつもりなので、他の職人さんたちと同列に語るなんておこがましいのですが。
それでもやっぱり忙しくても、「ここは手を抜きたくない。」「これじゃお客さんに出せない。」という拘りはあります。
また、自分たちでは気づいていない部分をお客さんから教えてもらうこともあります。そうすると、限られた時間と木の条件などがある中、お客さんが求めるレベルまでどうやって近づけるか、試行錯誤を重ねています。
ですので、おもちゃたちも進化を続けているのですよ^^ 末永く愛されるストローファームでいられますように、今日もまたおもちゃ作りに励むのです。
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
細かな作業
2014.4.28
こんにちは、トモです。
今日もストローファームは次々入る注文にフル稼働で対応させていただいております。 沢山の経験を積ませていただいています。本当にありがとうございます。 この間まで苦手だったことが出来るようになって楽しくなる。 簡単やと考えていたことが少しの疑問から難しく感じる。 時間を重ねる毎に一つの作業の深さを感じ、当たり前が当たり前でないことを実感します。
そんな中、細かな作業をするNさんに私は熱い視線を送っておりました。 以前、Nさんがとても忙しい時に何か手伝えることはないかと尋ねました。 「じゃあゴメンけど、コレお願いできる?」とNさんから受け取った仕事は細かな物でした。 その作業途中から目はシパシパ、肩はゴリゴリ。何度上を見上げて気分を変えたことか... そんな作業を黙々とこなすNさん。
どのようにして作業を回転させているのか、、、
Nさんと私はワンワンとにゃんにゃん箸置きを切ります。
桜の木はとても硬くその上糸ノコの細かな切り返しも必要な為、根を詰めると肩こりから頭痛を起こしてしまいます。
私はNさんの作業工程を参考にさせてもらいつつ、アドバイスをいただいたりして細かな作業を乗り切っています。
しんどい時には2人で「肩に湿布貼った?」が合言葉(笑)
まだまだ勉強が足りない自分ですが、先輩スタッフさんを参考にしながら日々精進して行きたいです。
工房からの帰り道。
いっきに花開いた桜の木もすっかり緑の葉に着替え、家の周りではツバメが飛び回っています。
昨年初めて我が家の軒下にツバメが来てくれました。
二羽のツバメがベランダの手すりに並び仲良くお喋りをしているような光景に、私たち家族は毎日癒されました。
その後すぐに住処を作り始め、ツバメが巣を作るのを家の中からずーっと見ていました。
少しの材料を運んではどこかへ飛んで行き、また少しの材料を調達。それを上手に重ねて巣にして行きます。
あんな小さな身体で、しかも限られた時間の中で大まかな事から細かな事まで作業するツバメに「ほほーう!」と感動しました。
ほんの数日で完成。可愛い巣が出来上がりました。
そんな才能をどのように学び、技術を習得したのか。私たちと同様、先人の知恵から学んできたのでしょうか。
自然の中で生きる物達の技術は多種多様で、驚くものも少なくありませんね。
しかし巣が出来上がり落ち着いたのも束の間、カラスに巣をこわされてしまいました。
今年はどうかな?と待っていますが、我が家に訪れてくれるツバメはいるものの、巣を作る作業を今まだ見ることが出来ません。
今年はカラスから絶対守る!と子ども達も躍起になり、どうしたら良いものか色々な案を考えているようです。
ツバメが巣を作る家は幸せが訪れるとか。いつかまた我が家にも来てくれる事を信じ気長に待ちたいと思います。
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/
山の姿
2014.4.23
こんにちは、桜が終わると同時にたくさんの花が咲き始め、感動に余念がないアカネです。
つつじ、シバザクラ、ユキヤナギ、藤・・・と、民家や道路脇でさまざまな花が咲き乱れます。この時期はまるで紙芝居を繰るかのように、次々と花の表情が変わりますね。
山でも、春ならではの幸がたくさん。
今日は近くの山へ蕨を採りに行ってきました。
私が子供の頃と比べると、藪が深くなって蕨が減ってしまったところや、田んぼが放置されて新たな蕨スポットが生まれているところもあります。
今日も私の知るワラスポ(蕨スポット)を網羅し、大満足で帰ってきました。
皆さんは、蕨の食べ方で何が一番好きですか?煮物や炊き込みご飯、天ぷらなどありますが、私の一番のおススメは“サラダ”。
あくぬきをした蕨を食べやすく切って、マヨネーズと醤油、鰹節と和えるだけ。マヨネーズが蕨の苦みを調和してくれて、さらに蕨のぬめりとキュッとした歯ごたえが、とってもおいしいですよ。生タマネギやわかめを加えたり、ゴマをふったりとアレンジもできます。
蕨から水分が出るので、食べる直前に作るといいですよ♪^^
ところで、蕨には緑色と紫色があるの、気づいていましたか?
紫色の蕨は、日光に当たっていない蕨。日光に当たると、緑色になって葉が出てきます。ですから、紫色で長い蕨は他の雑草の根元や前年度の枯れた蕨の下で大きくなり、緑色のものは日光を浴びれるほど背が伸びた部分か、もともと拓けた場所に生えたと思ってください。
いかがですか、蕨が生えてる山のイメージがつきやすくて、面白いでしょ^^
さて、帰宅の途についた私は、行きしとは別の舗装された道を下ります。両側は植林されたヒノキが生い茂り、うっそうとした感じです。手入れの行き届いていない人工林は、下草もわずかにしか生えず、生き物もあまり住めません。
高知県は七割未満が人工林になってしまっていますが、このように荒廃した森もあり、他の生き物やひいては私たちの生活にも、多くのダメージを与えることとなっています。(河川の水量の減少、河口周辺の漁獲高の減少、農地を野生動物が荒らす、洪水の増加など)
ストローファームの木材は、間伐材や切り株が中心とのこと。
私も伐採の現場を見たことがないのですが、私がストローファームで働くことで、林業や山にとってプラスになるお手伝いができるのではと思っています。
ヒノキとスギでできた、ストローファームのおもちゃを上げてみましょう。
・ おふろでちゃぷちゃぷ
ストローファームの商品の中でダントツの人気。創業のきっかけになった、まさにストローファームの原点のおもちゃです。
紐以外は総ヒノキ♪
・ アニマルツリー
枠の裏はスギ、他はヒノキ。
・ 干支パズル
秋篠宮両殿下がご来高のさいにお求めくださった、干支のお勉強ができる動物パズル♪悠仁さまのお気に入りになっていると光栄なんですが^^
枠の裏板はスギ、切り文字のみケヤキ、他はヒノキ。
・ 基本つみき
いろんな形ができる、積み木がぎっしり☆
箱の下板はスギ、他ヒノキ。
・ 恐竜パズル
卵の中から恐竜の赤ちゃんがこんにちは☆
枠の裏はスギ、他ヒノキ。修正材もヒノキ製です。
・ ポットンつみき
蓋と側面からつみきを入れられます。蓋はスギ。
いつもストローファームを愛してくださる皆さま、本当にありがとうございます。ストローファームの商品が世に出て行くことで、山や川、海などが豊かでいられる一助になれば・・・と願っています。
これからもストローファームをよろしくお願いしますね^^
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五月人形
2014.4.21
大好きな桜吹雪も一瞬で終わり、暖かな朝を迎える日が多くなりました。
通勤の車で歌う曲もだんだんと明るいものになり朝からテンション上げています。
今日もフル稼動の工房。
毎日いただくご注文に対応するためスタッフは皆忙しい日々を過ごしています。
ありがとうございます(^^)
なるべくお待たせすることが無いようスタッフ皆で力を合わせ作業を急いでおりますが、一つ一つ手づくりのため大量生産が難しく時間もいただかなければなりません。
ご注文はお早めによろしくお願いします(^^)
週末。
ようやく重ーい腰をあげ五月人形を出しました。
我が家は3人の男の子が居るので、小屋裏部屋から五月人形が入ったダンボールを出すのも一苦労...ですが、毎年兜や鎧の格好良さに惚れるので楽しみでもあります。
子どもが小さい頃は1人で必死に出していましたが、今では子ども達もお手伝いしてくれるので随分と時間も短縮され体も楽になりました。
お手伝いできることも増え、子ども達の成長も感じられることをありがたく、そして嬉しく思います。
この五月人形、
平安時代には、宮中で行われた邪気払いの勇敢な武技が行われ、武家の時代に民間へと伝わっていく過程で、次第に武具を飾る風習へと変化し端午の節句・五月人形へと変化していったものと考えられているそうです。
人間の災厄を託す形代・人形をルーツのひとつとする雛人形に対し、五月人形・武者人形はそこに神が宿る依代から生まれたと考えられています。
五月人形は、男の子が無事に育つための「お守り」であり、「強く立派になれ」、「健やかに成長するように」などの願いも込められるようになりました。
今年の飾り付けは末っ子も参加。ヒヤヒヤしながらも無事に飾り付けを完了しました。しかし末っ子は恐る恐る見た後、飾った和室から静かに逃げて行きました(^^;;
先日、アカネちゃんのブログにもあったフラフ。
私は県外から嫁いできたため、フラフの存在を知ったのは長男が生まれた後でした。
家の事情で鯉のぼりとフラフの棒は屋外に立てなかったため、我が家は長男の時に五月人形の側に立てるのぼりを、次男の誕生の時に室内用のフラフを準備しました。
最近はマンションや住宅の事情から室内用の需要も多いとお店の方もおっしゃっていました。
時代が変わり五月人形の飾り付けも変わりつつありますが、子どもの健やかな成長と出世を願う気持ちは変わらないですね。
ストローファームの金太郎くんも玄関で子ども達を守ってくれていますよ(^^)
物作りはアツい!
2014.4.20
こんにちはトモです。
最近は前よりも増して様々な物が作られる事に熱い思いを感じる毎日を送っています。
そのきっかけの一つが、先月TVで放送された『LEADERS』。ご覧になった方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?
前編は製造に重きを置き、後編は経営難から組合と会社との対立が描かれていました。
どちらも惹きつけられる内容であり、また役者さんの熱意ある演技にTVの前から離れることが出来ないほどでした。
私が釘付けになったのはもちろん前編。
国産車製造に熱い想いを抱き、失敗を繰り返しながらまたそこから沢山の事を学び皆で前に進む。
悔しくてたまらない気持ちを押し殺しながら一つ一つ乗り越えて行く姿に涙の連続でした。
今ある車の形とは違うとはいえ全て基礎となる工程。それを言葉に言い表すことが出来ない苦労を重ね作りあげてくれた先人の方々にはただただ感服。
興奮を抑え切ることが出来ず、その場に一緒に居た小6の長男に熱く熱く思いを伝えました。
感極まった母の言葉に「すげーね...」と少し引き気味ではありましたが、私の自己満足な話を聞いてくれたことに感謝。
そんな長男も以前から好きだったプラモデルに最近は益々のめり込み、数時間小屋裏部屋にこもって黙々と作業をすることが多くなりました。
最初は形通りの物を。今では自分で考え別の物と組み合わせたり塗装をして、自分の満足できる作品作りをしているようです。
以前、このブログで書かせていただきましたが、長男はストローファームのちびっこ大工道具セットが好きで、木のブロックを使い色々な作品を見せてくれました。
木は重みもありますし木目もありますから、思った通りに行かなかったり、想像以上のものができたりします。
完成したものはどれも重厚感があり迫力もありました。
長男が作るのを見て、小2の次男も色々挑戦。
兄弟で相談し合い組み立てているのを見ていると、一つの作品に1人1人の思いが詰められていく過程を見ることができて、また胸が熱くなりました。
その2人のそばでかなづちでトントンしたり長女とごっこ遊びをする3歳の末っ子も、ネジを使い形を作る事を楽しんでいました。
物を作り出す過程が子どもによって正に十人十色で、とても楽しくまた成長を感じる場面にニヤニヤが止まりませんでした。
朝から晩まで続く長男のプラモにかける熱い思いを聞きながら、私も次は何を作ろうかと毎日ワクワクです!
山のくじら舎 http://yamanokujira.jp/