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マストのぼり

2013.10.26

こんにちは、アカネです。
こちらは雨足が強くなってきました。(現在24日22時)皆様のお住まいの地域はいかがですか?充分お気をつけてくださいね。

さて秋も半ば。以前トモさんの記事に運動会のことが出ていたので、今回は「もしかしてこれって高知だけ!?」と疑問の競技について書いてみたいと思います。

高知県では小学校で一般的な競技で、私は当然どこにでもある競技だと思っていました。「東京なんて都会では、どうやって“あの道具”を調達するのかなぁ。」と気にかけていたりもしました(笑)。
ところが県外の人にこの話をしても、さっぱり通じない。
「はあ?何それ?」
「騎馬戦や棒倒しならあったけど?」
と言われてしまう。
高知県って、四国山地と海に阻まれた地形だから、四国の他の県(香川県、愛媛県、徳島県)と比べても独特の文化が強いんです。もしかして運動会にも独自の文化が!?!?

そのどうやら高知県ならではらしい競技が、これです!!

マストのぼり

え~と、これは何をしているかというと、高さ3mくらいの竹を地面に突き刺しておいて、それに昇り、赤か白の旗を竹の先に挿して下り、地面についたらダッシュでチームへ戻り次の選手と交代する、「マストのぼり」という競技なんです。
ちなみにアンカーは、全員が挿した旗をパッと空に投げ捨てます。

これ、身軽な子ですと5秒で昇って降りてきますし、腕力のある男子は靴を履いたまま昇ってしまいます。
てっぺんはもちろんゆらゆら揺れますから、高所恐怖症の子供や身体の重い子供にはなかなか辛い競技です。でも、今までにマストから落ちて怪我をしたという話は聞いたことがありません。最近では、騎馬戦は怪我が多いためにしなくなる学校も出てきているようです。でもマストのぼりはずっと残っていってほしいです^^

私も子供の頃は身体が軽かったので、マストのぼりは大の得意でした。今は重くなった身体を持ち上げる腕力がないので、無理ですけどね。きっとマストのぼりが小学校だけなのも、身軽だからなんでしょう。
ちなみにこの競技は上級生の種目でした。

このマストのぼり、竹林が豊富にあるはずの他県にないのが不思議です。少しネットで検索しても、マストのぼりのことについて書いてあるのはみんな高知の方ばかり・・・(笑)
ところで、高知県の保育所では必須の、年長さんの高い竹馬。あれは県外にもあるんでしょうか?それとも高知だけ??
また県外のみんなに聞いてみなくっちゃ^-^♪

金木犀

2013.10.23

DSC01317

こんにちは、アカネです。
昨日またまた嬉しい香りを嗅ぎました。
それは、金木犀(キンモクセイ)。
夕方家に帰ると、庭に甘い香りが漂い、ほんのり幸せな気持ちになりました。

私は夕暮れの金木犀の香りが好きです。夕暮れになって、一日が終わろうとする頃、どこからともなく漂ってきて、疲れた身体と心をふわっと癒してくれます。
ある日を境に突然匂い出す、不思議ですよね。

子供の頃、実家の庭に大きな金木犀があり、甘い香りを届けてくれたものです。昔はトイレが汲み取り式だったので、トイレの側によく植えられていたんです。
トイレのイメージと結びついていたとしても、私は金木犀が好きでした。あんなに強い甘い香りなのに、花はとても小さく、控えめです。落ちて地面を金色に染めている花びらをすくい取って、いっぱい深呼吸をしたものでした。
花びらは小さな星の形をしていて、なおさら金木犀という名前が好きになりました。

ちなみに金木犀の花言葉は、「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」・・・。

さぞかしいい香りのする金木犀ですから、どんな実がつくのかしら・・・と思って思い出してみると、金木犀の実を見たことがないことに気付きました。
それもそのはず、日本にある金木犀はどれも雄株で、花は咲けど実はつかないんだそうです。増やすのはもっぱら挿し木。実を見たければ、金木犀の生まれ故郷、中国に行かないといけないようです。
花言葉で「初恋」と言われても、当の金木犀君たちは、雌株のいない日本でけなげに甘い香りを漂わせているのでした。。。。なんて切ない・・・。

ところで、実は蝶や蛾は金木犀のにおい、好きではないようです。これも不思議ですよね。

さて、ことわざに、「月に叢雲(むらくも)花に風」というのがあります。「美しく輝く月を雲が隠してしまうように、また咲き誇る花も風に散らされてしまうように、いいことには邪魔が入ってしまう」という意味です。
そんな金木犀、風雨ですぐに散ってしまいます。やはり「初恋」と同じぐらい果敢無い花ですね。
台風27号が近づいていますから、この台風が過ぎ去ったあとには、もう散り果てているでしょう。一瞬の金木犀の香り、ゆっくり味わおうと思います。

それはさておき、台風に続けざまに襲われる日本列島。伊豆大島のことも心配です。行方不明者の方々が早く発見されますように。
そしてもうどこにもこれ以上被害が出ないことを祈るばかりです。皆様、くれぐれも警戒しておいてくださいね。

災害対策

2013.10.21

台風26号により多大な被害を受けた方々と関係者の方に心よりお見舞い申し上げます。
消防、警察、海保、自衛隊、地域の方々の救助活動、本当にお疲れ様です。
行方不明の方の救助、そして一日も早い復興を願っております。

また27号が近づいてきているようです。
早め早めの対策で身の安全を守っていただきたいと思います。

皆さんは災害に対し、対策や非常用品の準備をしていますか?

高知県では南海トラフの巨大地震が起こる可能性が30年以内に60~70%と言われています。
高知県西部では最大で34mの津波が押し寄せると言われており、県でも地震に備え様々な対策をとってくれています。
近くの高台にある道に津波浸水予測の看板があるのを見ると、こんなに高いものが来るのかと本当に怖くて血の気が引くのを感じます。
ストローファームのある地域も浸水地域となっており、以前避難訓練を実施しました。

どこへ逃げるか、どの経路で行くか、何分で行けるのか、毎日のように考えています。子ども達と出かける時も常に周りを確認しています。
しかし車は鍵をかけたまま置いて行かねばなりません。車を置いて子ども4人を連れて逃げる事は簡単な事ではないはずです。
もしよく知らない場所で起きたら?
もし平日の昼間なら?
もし休日、子ども達が友達と遊びに出かけている時なら?
私や家族が離れている時間であれば、その不安は一層広がります。

常日頃から子ども達には「とにかくすぐに!遠くではなく、高い所へ走りなさい!」「逃げた先に家族が居なかったら、近くにいる大人の人に助けを求めなさい」「私や家族があなた達を探すから、動かずにいて欲しい」と話しています。
子ども達は怖がります。「地震なんて来なきゃいいのに」と。
長女は東北の震災の映像を見て以来、地震や津波の対策関連の番組にも目を背けるようになり、地震の話をするだけで心が不安定な状態になるようになりました。
しかし今話をしておかないと明日起きるかもしれない震災に対応出来ないと考え、身を守る方法を話します。
学校では避難訓練を行いますが、子ども達が通う小学校ではあえて実施する時間を知らせないでいます。
授業中、休み時間、いつ震災が起きても対処できるようにしているのです。
子ども達はビックリしますが、こうしていく事で慌てず行動できる知恵がついていくのでしょう。

ある日、大きなカバンに入れた非常用の水や食料、衣類を久しぶりに確認しました。
すると非常食の賞味期限はとっくに切れ、衣類はサイズが合わない物ばかり。
押入れの奥にしまってしまっていた避難用の靴。
全てが全く役に立たない状態である事に気が付きました。
一週間分は必要だと聞き慌てる私。
忙しさを理由に後回しにしてきてしまいましたが、反省も含め一日も早く準備をしなければならないと感じています。

知人の話を聞くと、家の中は物が崩れてくるかもしれないからと、屋外や車のトランクに非常用品を準備している人、玄関の収納に非常用品の専用スペースを設けている人、押入れに入れている人、様々な準備の方法をしているようです。
子どもの年齢も段々と上がり、我が家も改めて準備する物、場所を考え直さなければならないと思っています。

自然の力は本当に強く、そして荒いものです。
しかし人はそれを乗り越える力と知恵を持っていると思います。
しっかりと考えて行きたいです。

やなせたかし先生への追悼

2013.10.20

こんにちは、アカネです。
伊豆大島で未曾有の大災害を引き起こした台風26号・・・。現在も懸命の救出活動が続いています。一人でも多くの方の生還と、被害にあわれた方の一日でも早い復興を願っています。

10月はもう一つ悲しいニュースがありました。
10月13日、日本人すべてに夢と勇気を与えてくれた、偉人・やなせたかしさんが亡くなられました。
やなせたかしさんは言うまでもなくアンパンマンの作者です。日本の保育業界や障害児教育業界では、アンパンマンのキャラクター無しでは保育や指導ができない、といわれるほど、アンパンマンは子供たちに親しまれてきました。
アンパンマンが子供たちに夢や愛や勇気を与えてくれたように、やなせたかしさんは日本中の大人たちにもそれを与えてくれました。やなせたかしさんは、多くの自治体のキャラクターを手掛けてくださり、そのキャラクターが地域おこしや観光などを盛り上げてきました。
それだけではなく、人KENまもる君・人KENあゆみちゃん(法務省人権擁護局の人権イメージキャラクター)や、きずなちゃん(日本さい帯血バンクネットワークシンボルキャラクター)など、私たちのよりよい暮らしのためにも、さまざまなキャラクターを作ってくださっていました。

とりわけ、高知県はもっともやなせたかしさんのご好意にあずかっていた自治体でした。
ストローファームのある安芸市では、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が通っており、その各駅にやなせさんが手がけてくださったキャラクターたちがいます。また、安芸市ご当地グルメ・釜あげちりめん丼を盛り立てていくために、「ちりめんどんちゃん」というキャラクターも作っていただきました。
「せっかく巨匠に創っていただいたキャラクター、最大限に活かさなければもったいない!」ということで、有志が集まり、ごめんなはり線のキャラクターたちはショーもこなすようになりました。このショーはいつも好評で、やなせたかしさんご本人の後ろで踊ったこともあるほど、さまざまなイベントに登場しています。
(ストローファームでも、ごめんなはり線キャラクターのグッズを下請けで作ったことがあります。)

アンパンマンの、おなかが減った子供たちに自分の顔を食べさせる、という奇抜な発想は、やなせたかしさんの戦争体験に基づいています。戦地や、戦後の日本で徹底的に飢えた記憶と、平和への願いがアンパンマンを生みだしたのです。
1975年、アンパンマンの絵本が登場したとき、あとがきに書かれたやなせたかしさんの言葉を、ぜひ読んでください。。。。

「子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。

ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。

さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。」

やなせたかしさんは、まさにアンパンマンのように、困っている大人たちを助け、見返りを求めず、にこにことしていらっしゃいました。
94歳で亡くなるまでずっと、作詞やエッセイや本の出版など、多岐に渡ってご活躍なさっていました。多くの人たちから愛され、必要とされてきました。
アンパンマンも、手のひらを太陽にの歌も、きっと永遠に残るでしょう。

日本中に夢と希望と、愛と勇気を与えてくださったやなせたかしさんに、心から感謝を捧げます。

眠る時

2013.10.17

こんにちは、トモです。

突然ですが、眠る時に「これが要る!」というものはありますか?

私は冬の間だけ、小さい頃から使っている毛布を愛用しています。ホワワと優しく包まれるのが大好きで、とても暖かい気持ちになれます。
不眠で悩む時期もありましたが、この毛布だけは肌身離さず抱きしめていました。今まで数回あった引っ越しの際にも、必ず荷物に入れてきました。
手放す事の出来ない物の一つです。

特に気にしてなかったけれど、気付くと必ず近くにあったりする物。小さい頃から捨てられない物。音楽や寝る前に飲むもの、携帯が近くにないと安心できない人も居ます。

我が家の子ども達も同じで、ないと眠れない、眠りに入りにくい物があります。
長男は毛布やタオルケット。特別これ!と言う物はありませんが、赤ちゃんの頃からミノムシのようにくるまったり抱きしめて眠ります。
長女はぬいぐるみ。あるキャラクターが大好きな時期があり、眠る時も外出時もご飯の時も必ず隣に居ました。
次男、三男は私の腕枕とぽんぽん(お腹)が大好き。
腕枕は外れると夜中に何度も起きます。おかげで朝は肩が動かなくなるほどガチガチになっていることも。
寒い冬にも服をめくられぽんぽんを触るので、寒くてたまりません。
ある時、服で覆い触れないようにしたら、寝ぼけながら「ぽんぽんくだしゃい」と振り絞るように小さな声で言われました。隠してしまった事を申し訳なく思いながらも、可愛くて微笑んでしまった出来事でした。
次男も末っ子も旦那のぽんぽんじゃ駄目なのです。なぜなら「もにょもにょじゃないから」(笑)。
ほんの少しダイエットしただけでもお腹のもにょ加減に気付くらしく、こだわりがあるようです。
家事がたまってしまったりして早く寝てくれないかな~と思う日もありますが、眠る前に私を必要としてくれる間はありがたく横に居させてもらおうと思います(^-^)

眠る前に決まった行動をすると「今から寝るんだ」と脳が反応し、そしてリラックスする事で良い眠りに入れるそうです。
よく子どもが寝る前に絵本を読む、いわゆる「眠るための儀式」がありますが、好きなお話を大好きな人に読んでもらう事で、リラックスしてスッと眠れるのでしょうね。

忙しい毎日で、眠る前に考え事やしなければならない事が多くなってしまうこともあるかもしれません。
自分に1番良いリラックス方法を見つけて、明日に向けて良い眠りにつきたいですね。

喘息

2013.10.11

こんにちは、トモです。
また夏がやって来たかのような暑さ。一度は奥に下がっていた工房の扇風機も、また一所懸命暑い風を吹き飛ばしてくれています。

寒暖差がある毎日では体調も崩しやすく、着る洋服にも困りますよね。
体調管理に気を付けて、毎日元気に過ごしていきましょう。

子ども達はこの寒暖差にイライラしているようで、暑い!寒い!と文句ばかり。
「気のせい気のせい」と私が言うとキーキーと怒っております(´Д` )
でも、キーキーと怒るくらい元気がある事はいい事!

この台風が来る季節、我が家は少し緊張します。
長男と次男の喘息のためです。
低気圧が来ると咳と共に胸元からキューと音がし始めます。
台風が近づく時は、雨風よりも子どもの胸の音を気にしたり、ピークフローという器具で吐く息の数値を何度も測ったり。

長男が3歳の時でした。
昼夜続く咳込み。その時は熱も無く、風邪引いたかな?位に思っていました。
日に日に酷くなり、夜中、長男は何度も起き上がり座っていました。
「寝ないとしんどいよ。横になろう?」と声をかけても返事も無く、少し横になってはまた座り咳き込んでいました。
朝を待ってすぐに病院へ連れて行くと、医師から「何でこんなになるまで放っておいたんですか!」と怒られ即入院準備。
血中の酸素濃度はかなり低い状態で、それまで危機感のなかった私は周りの動きが把握出来ずにいました。

その時に医師から説明を受け、初めて喘息とはどういうものか知りました。
発作が酷くなると横になる方が苦しいのです。

4時間おきにネブライザー(吸入器)で吸入。泣こうが喚こうが命の為、必死になだめ吸入させました。
血中酸素濃度はだんだんと上がり、一週間ほどで退院となりました。

それからは少しの風邪から頻繁に喘息の発作を起こすようになり、その度に吸入のため数時間おきに病院へ通いました。
次男は赤ちゃんの時にRSウイルスに感染。呼吸困難な状態で、酸素マスクをしなければなりませんでした。
そしてそれをきっかけに喘息の発作を起こすようになりました。

赤ちゃんがRSウイルスに感染すると大変危険だと言われています。
乳児の死亡率ではインフルエンザよりも高いという結果もあるようです。
飛沫、接触により感染します。大人は重症化しないと言われていますが、周りの赤ちゃんの事を思うとうがい手洗いが欠かせません。

我が家では数年前にネブライザーと薬剤を購入し、いざという時に備えています。旅行の際も持って行きます。
大きくなったからか、最近は重い発作を起こす事はなくなりました。
今年の台風の季節にも今のところ元気に過ごしています。

今日もキーキー文句言うんだろうな、でもやっぱり子ども達の元気な顔を早く見たい。
そう思いながら、作業終了後家路を急ぐ毎日です。

たそがれ

2013.10.10

こんにちは、トモです。
先日、小学校の運動会が行われました。

子ども達が通う小学校は児童数が少ないため、複式という形をとっています。この複式学級は二つの学年が合わさり、毎日同じ教室で共に勉強し、休み時間も一緒です。
二つの学年合わせて17人、これがボーダーライン。16人以下になると複式学級となります。

初めは抵抗がありました。
同じ教室で違う年の子ども達を担任1人でどう教えていくのか?この先どるなるのか?不安ばかりでした。
教室の真ん中を境にお互い背中を向け、教室の前にある黒板でなく、それぞれホワイトボードを使い勉強していきます。
学習の面ではどうしても担任の先生も児童達もしんどい時が出てきます。
自分で頑張らないといけない場面が沢山あります。
自分が小学生の頃送ってきた毎日との違いに、正直とても驚きました。
しかし子ども達の通う小学校の児童達は学年関係なく交流する機会が増え、良くも悪くもありますが年齢差を越えた関係を築いています。

そんな複式学級。もちろん運動会競技も一緒に出ます。
二学年ずつ年の離れた我が家の子ども達はいわゆる『出ずっぱり』状態(;´Д`A

自分が子どもの頃に運動会でドキドキした時よりも、親になってからの方が緊張し胸が張り裂けそうになります。
一日中ドキドキハラハラし、応援する声にも力が入りました。

親子競技は旦那の出番!
子どもと親とのリレー対決では子どもの力を甘く見ていた親がボロ負けし、会場も盛り上がりました。
子ども達は親が思っている以上に力を伸ばし大きく成長していました。

沢山の小さなドラマに少し感動しつつ、無事に運動会が終わり、夕方疲れきった身体を休めていると、ふと思い出が蘇りました。

子ども達が赤ちゃんの頃、夕方になるといつも泣いていました。
『黄昏れ泣き』というもので、忙しくなる夕方、黄昏れ時にそれはやってきます。
黄昏れ泣きの原因は疲れとも言われていますが、ハッキリとした原因はわからないそうです。
グスグズする我が子をなだめ、抱っこやおんぶ紐で揺らしながらご飯を作る日々。
とても大変だった記憶がありますが、それが懐かしく、愛おしく思える記憶でもあります。
誰が名付けたのか『黄昏れ泣き』という言葉もすごく素敵。

ちょっとしたきっかけで思い出された記憶は、子どもと向き合う機会を改めて与えてくれました。
今は泣きじゃくる事はありませんが、疲れて不機嫌な日もあります。
少し寂しくも感じる黄昏れ時、今日一日頑張った子ども達に笑顔になってもらえるよう私も頑張って行かなければ!そう思わずには居られませんでした。

イヤイヤ期のこと。

2013.10.7

こんにちは、トモです。

トモ家は今日もバタバタしております。
「あれがいる!これがいる!水筒!トイレ誰か入ってるー!」
そのうち何故かランドセルの防犯ベルが玄関で鳴り響いて、ワーワー言いながら上の子3人登校完了(^◇^;)

続いてはイヤイヤ期真っ只中の末っ子の準備...

何に対しても「嫌だ!」しか言わないイヤイヤ期。自我が芽生え、自己主張をする大切な時期です。
このイヤイヤ期、私も子ども達とそれぞれ違った形の経験が出来ています。

中でも長女のイヤイヤ期の事を忘れる事は絶対にありません。
イヤイヤ言っていたら何に嫌と言ってるのかわからなくなり、そんな自分が嫌いで暴れていた長女。
5.6時間、まるで怪獣のように泣き、お昼寝も車に乗せて寝かし付けていました。
負けず嫌いで自己主張の強い長女は、実に7年間イヤイヤと泣き続け、イヤイヤ期がいつだったかわからないほどです。
お話しようが、抱っこしようが、放ってみようが、長女の気持ちが落ち着く事はありませんでした。
いつか終わるかな、どうやったら納得してくれるかな、そう考える毎日。
色々な場所にも相談へ行き、皆が口を揃えて言っていた言葉が「来年には落ち着くでしょうから頑張ってね」でした。
頑張ってるけど、どうしたらいいかわからないから相談してるのに...と思ったものです。
結局時間と共に少しずつ落ち着きました。
9歳になった今でも自己主張が強く泣き虫でもありますが、沢山の言葉を知り、今ではいっぱい泣いた事で強い部分も出来たように思います。

一方現在イヤイヤ期の末っ子、
あったかーい目で見守るものの、やはり時間の余裕がなくなると焦ります。
あれやこれやと気を引いてみる。お話もしてみる。私もイヤイヤ言ってみる。
終いには「『怖い怖い』が来るでー」と脅す私。
しかし末っ子にはそんな脅しは効かず、「えー?どこおー?」とニヤニヤ。もしかして馬鹿にしてる?と感じるような行動に、私もカチン(笑)

次男の変身グッズの中から鬼のお面を拝借し、私がそれをかぶります。
するとお着替えもオモチャの片付けもササっとやります。
鬼のお面をかぶって末っ子のお着替えさせる姿には旦那失笑でしょうが、これが本当に末っ子には大ウケ!
「かぶってかぶって!」とお願いされる程。
もちろん怖がった場合や嫌がる時は別として、あまり胸を張っては言えないのですがちょっと行き詰まってしまった時にはオススメです(笑)

子どものイヤイヤ期。
大事な時期だって事もわかっているし、そのイヤイヤが可愛く思える時もある。でもお母さんだってイヤイヤ言いたくなる時もあると思います。
そんな時は無理をしなくていいと思うんです。お母さんは十分頑張っているんですから。
息抜きしたり、子どもと一緒に羽目外してみたり。お母さんが気を抜く事はとても大切な事。
子どもと一緒に笑える時間が増えたら、イヤイヤ期も楽しい思い出として残るかもしれないですね。

柚子

2013.10.6

10月3日、帰り道。店から出てきた途端、さわやかなすっぱい香りが風に乗って私の鼻をくすぐりました。
安芸市の柚子加工場が、稼動し始めたのです。

というわけで、今回は高知の文化のお話、中でも柚子について書きたいと思います。
高知県民は柚子酢のことを「ゆのす」と呼びます。ゆのすは、はっきり言って穀物酢と同じように高知では使われています。
高知県民が、「この酢の物酢が効いてないね。」というと、その酢はゆのすのことです。
高知県民が、焼き魚を前にして「ちょっとお酢取って。」というと、その酢はゆのすのことです。
高知では、酢の物、ポン酢、お寿司など、酢を使う料理にはゆのすを多めに入れ、穀物酢は、時間がたってゆのすの香りがなくなった時の、補助用に入れています。
予断ですが、初めて県外でゆのすの効いていない散らし寿司を食べたとき、単にすっぱいだけに感じて衝撃でした。
高知の一般家庭ではたいがい冷蔵庫にゆのすを常備し、一年中使っています。

高知県ではいたるところで柚子を栽培しています。
『ごっくん馬路村』で有名になった馬路村。先進的な柚子加工場があり、全国の農協から視察団が訪れています。

高知の柚子栽培の先駆け、北川村。中岡慎太郎が生まれ育った村です。村長だった慎太郎が、村人の飢えを救うために、また高価だった醤油がなくても魚がおいしく食べられるようにとの配慮でした。北川村ではヨーロッパへの柚子の輸出にも力を入れていて、今年は好評につき去年の二倍の量の柚子を送ったそうです^^

そして、ストローファームがある安芸市でも、数年前に柚子加工場が誕生しました。近年は秋~冬にかけて、ふわあっと柚子の香りが安芸市を満たすようになりました。

柚子は果汁を食すだけでなく、皮も食べられますし、お風呂に浮かべて香りを楽しんだり、種のまわりのゼリー状の部分で化粧水が作れたり、利用範囲はすごく広いんです。

私の柚子の思い出といえば、母の親戚に馬路村に住んでいるおじいさんがいて、毎年柚子の収穫の時期に声をかけてくれました。私たち家族と、母方のいとこ家族という大所帯でおじいさんの家に行き、収穫を手伝ったものでした。
子どもたちの役目は、大人たちが柚子を高枝切りバサミで落とすのを斜面の下で拾う係りです。柚子がすごい勢いでぶつかって来たり、そのまま谷まで落ちて行く柚子に爆笑したり。子どもですから、へんてこな形の柚子を見つけるたびにこれまた大爆笑(笑)。
柚子の枝についているとげが手のひらいっぱいに刺さって、痛かったですがとても楽しかった記憶があります。
そして、最後におじいさんの家で柚子搾り機で窄汁し、一升瓶に詰めて帰りました。
子ども時代の楽しい思い出です^^

今年もおいしい柚子の季節到来。
これからしばらくは、柚子の香りに癒されて仕事のあとにほっと一息。そんな素敵な季節がやってきました。

景色

2013.10.6

こんにちは、アカネです。

突然ですが、皆様のお家や職場から見える風景は、どのようなものですか?その景色は気に入っていますか?

ストローファームは田んぼに囲まれています。
南北に開け放った窓から、夏は涼しい海の風が吹き抜けていきます。
作業中見える景色は、春には水の張った田んぼに揺れる、稲の若苗。
初夏には、さざ波走る緑の海。
夏の終わりには、たわわに実って頭を垂れる稲穂。
そして秋には、刈り取られて切り株だけになった、広い田んぼ。

そのサイクルが毎年繰り返されています。
春になると、安芸市の道路にはところどころ転々と泥が落ちています。代掻きを終えたトラクターの落し物です。農家の人たちが田んぼを冬の眠りから起こすと、「ああ、もう春が来た。」と実感します。
田んぼに水が入り、ミルクコーヒーのような四角い水溜りがあちこちに生まれると、いっせいに蛙が鳴き始めます。
このあたりでは、田植えは4月の初め~半ば。植えつけられたばかりの苗は、幼くて頼りなげな様子です。でも一週間後にはすっかりピンと立っています。
「稲、もうこんなに大きくなったねぇ。」
夏まで、私たちはよくこんな会話をします。
稲の生長は本当に早くて、週末と月曜日の田んぼの景色はちょっと違うほどです。
田んぼは、気化熱で涼しくもしてくれています。
刈り取りはあっという間です。
一反ある広い田んぼも、今では四条刈りのコンバインで、一日で終了。田植えも稲刈りも、昔は近所総出で取り組んでいたことが嘘のように、機械とそれを動かす人間さえいれば、すぐに済んでしまいます。
収穫の頃になると、田んぼの中には縦横無尽に走るコンバイン、道路わきにはコンバインが吐き出す米を乗せるために待機中の軽トラ、そして歩道では休憩中の農家の人たち、という風景が、工房から見えます。

稲刈りが終わっても、農家の人たちは田んぼの一角に大根や白菜を植えたり、常に何か栽培しています。
暑い日も寒い日も、常に田んぼや畑に出て、稲や野菜の管理をし、毎年天候に合わせて創意工夫をしています。そして、時々おナスやオクラなど、野菜を差し入れしてくれたりも!*^-^*♪

そんなマメでプロ意識の高い農家さんから学ぶこともたくさんあります。同じように見えて一日一日違う日であること、暑さ寒さに負けない身体づくり、試行錯誤、生活の中に季節の恵みを取り入れていることなど・・・。
そして季節をしっかりと感じさせてくれる田んぼ。
私はストローファームから見える景色が、結構気に入っています。